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2006/08/10 / Rocketman3

辛度

先日久方ぶりにカレーのココイチ(CoCo壱)に行った。地元の駅前にオープンしてから3回目ぐらいだったんだが、これまではずっと辛さ「普通」にしてたのを、ふと思い立って「1辛」というのにしてみたら、これがけっこう辛くてヒー。

もともと辛い料理自体は好きなんだが、どうやら他の人よりも辛さに弱いみたいで、昔、会社のみんなで六本木の四川飯店にランチに行き麻婆豆腐を注文したらあまりにも辛くて、同じく辛いものに弱いS先輩とふたり、周りのみんなが心配するぐらい黙りこくってしまったという経験の持ち主だったりする。

自分がみんなより辛いものに弱いと最初に気が付いたのは新入社員のとき。先輩たちと行った昼食で全員が注文したカレーがオレにとってはやけに熱くて辛くて、先輩たちはすでに食べ終わっているのに、オレは半分ぐらいしか食べられない。そのとき初めて「あれ、オレってもしかして普通より辛いものダメなの?」と気が付いたワケ。

前述の四川飯店経験以来、麻婆豆腐や坦々麺を注文するときにはお店の人に「これってどのくらい辛いんですか?」などと質問すると「いえ、それほどでもないですよー」なんて言われて安心していると、(おーい、辛いぞー、ヒー)なんてこともあったりしてけっこう苦労する。

そこで最初のココイチに話が戻るわけだが、ココイチの辛さを「辛度」として全国的に辛さの単位にしてくれないかなー。…と言ってピンと来たアナタ! そうです、痛さの単位「ハナゲ」と同じことですね。

(参考文献)やゆよ記念財団「痛みの基準は鼻毛」

ココイチのように全国的にチェーン展開していて、当たり前だけど全国どこでも同じ味を提供できる企業の素晴らしさというのはこういうところに価値を持つわけであって、ココイチの「普通」を「0ココ」、「1辛」を「1ココ」とすれば、オレみたいな者が初めてのお店で麻婆豆腐を注文するときにも、メニューにすでに「本格四川麻婆豆腐(2ココ)」と書いてあれば、「お、アブナイアブナイ…」と自ら地雷を踏まずに済むわけだ。

うーん、考えただけでも素晴らしいし、おそらく全国規模で考えればかなりの数の人たちから賛同を得ることができそうだ。「辛度の単位をココとする!」というのを公約にして国会議員に立候補したら間違いなく当選するだろう。

そうなれば当然、「ハナゲ」と同じように「ココ」を国際標準規格にまで発展させるという運動が国内、いや世界中のいたるところから自然発生的に沸き起こってくるに違いない。辛いものは好きだが、同じように自ら地雷を踏んでしまう人たちは全世界的にいるはずであり、そのような民衆にとって「ココ」は「ハナゲ」以上に切実な問題を解決する手段として熱狂的な称賛を持って迎えられるはずである。不適切な比喩であることを承知で言えば、おそらくそれは 1930年代のドイツにおけるヒトラーの台頭をも想起させるはずだ。

しかし外食産業界をその立脚点として成立した「ココ」に対して、思わぬところから異議が唱えられることになるとは誰が予想しただろうか。

なんとそれは、スナック菓子業界において辛さの代名詞としてすでにその地位を確立していた小池屋カラムーチョを支持する勢力が唱えた単位「ムーチョ」であった。

「ムーチョ」はその語感がシンプルに体現するメキシカンテイストが、「辛さ」を構成する要素として非常に重要な「辛度」+「熱さ度」という<明喩としての意味性の二重構造>をその思想的バックボーンとして急速に勢力を拡大していく。

そして「ココ」「ムーチョ」両勢力の国際標準規格奪取に向けた闘争はもはや武力行使をも辞さないという危機的状況が誰の目にも明らかとなり、世界中がその動向を固唾を飲んで見守るなか、なんとここで歴史的大転換が起きることとなる。

それはルーマニアの世界的経済学者、ピリカラーニャ・スパイスキー博士(1927~2004)が長年の研究の末体系化を確立した「辛度変換係数理論」に基づく「辛度為替方式」による、「ココ」と「ムーチョ」の「単位完全等価交換制」の提唱であった。

後世の歴史学者たちにより「神の視座と中世ギルド的結束力の発露」と称えられたスパイスキー博士の超人的尽力により、「1ココ=0.846ムーチョ」という歴史的な辛度交換係数が設定され、世界はキューバ危機以来の超緊張状態を脱することができたわけである。

ちなみにこの係数は博士の提案に対して両陣営の首脳陣が応える形で実現した「ブカレスト会議」(2002年10月24日)において国際標準規格として批准された。会談の会場となったルーマニア国立美術館第三展示室(通称「沈黙の間」)は、批准の瞬間割れんばかりの拍手と足踏みで満たされ、両陣営首脳は互いの肩を抱き合いながら涙に咽びつつ、カラムーチョがトッピングされたカレーを頬張ったと言われている。

こうして世界は(辛度の点においては)穏やかさを取り戻したかに見えたが、この事態を苦々しく思う勢力がいないわけではなかった。

そのひとつは超大国アメリカの特に中~南部を中心基盤とし、その歴史も非常に長いタバスコ陣営による単位「バスコ」である。

また激動の中南米史上最も民衆を震え上がらせたと言われる暴君ハバネロ家も、先祖代々伝わる単位「ネロ」が他の後塵を拝すような地位に甘んじている状況を放っておくはずもなかった。

とくに「ネロ」陣営はその指導者ハバネロの激しすぎる気性を反映してか、テロリズムをも辞さない過激な活動で「ココ=ムーチョ」陣営へのゲリラ行為を活発化させていく。皇帝ハバネロの意思を最も忠実に受け継いだ先鋭実行部隊である親衛隊「炎の旅団」は、ニューヨーク、ロンドン、東京のコーヒーショップに備えられてあるガムシロップをハバネロ絞り原液にすり替えるという同時多発テロにより世界中を恐怖に陥れた。

この二大勢力の台頭に呼応するかのように、「ココ=ムーチョ」陣営の中にも『辛さには辛さを、痛みには痛みを』を合言葉に極右化する派閥があらわれ、とくに青年部を中心とした圧倒的な支持のもとその勢力を拡大し、それはやがて「ココ=ムーチョ」陣営の崩壊へと繋がっていく。

スパイスキー博士主導による歴史的なブカレスト会議からここまでわずか6年のことであった。しかもこの極右化派閥の実質的トップがなんとスパイスキー博士の甥であったという事実は、運命が仕組んだ皮肉という言葉で片付けられるものではないだろう。

こうして世界は再び激動の渦中へと否応なく舵を切り、「赤く熱い戦争」(=Red Hot War)の時代へと突き進んでいくことになるのである。

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